いなくなる自分など…。ヨルシカ「忘れてください」

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2024年夏ドラマ「GO HOME~警視庁身元不明人相談室~」の主題歌はヨルシカが歌う「忘れてください」。

身元不明のご遺体を調査してご家族のもとへ帰す、という重めのテーマを軽やかに描いているこちらのドラマ。主題歌も軽く爽やかな雰囲気を持っていてドラマのラストに良くマッチしていた。

そんな「忘れてください」だが歌詞を読み取っていくと、相手を思うがゆえに矛盾した主人公の気持ちが見えてきた。

歌のテーマ

私たちの日常にあるものがたびたび歌詞として登場するからか、全体的にほんわかした空気感がある歌だ。その一方で「別れ」がこの曲のテーマだと思う。それは失恋や死別などが考えられる。

タイトルであり歌詞の中でも度々登場する「忘れてください」とは、「いなくなる自分など忘れてください」という意味だろう。

ドラマでは、身元不明相談室の捜査員たちが身元不明のご遺体についてあの手この手を尽くし調べていく。ご家族や恋人といった関係者を特定することには成功するが、遺体の引き取りを拒むというケースも少なくなかった。生前、何かしらのトラブルが故人とその関係者との間で起きていたからだ。しかし、最終的には故人の本当の思いや願いを知ることでその関係者の中にあった故人への誤解は解けていくようになる。

歌詞を見ると失恋の歌と捉えることもできるが、ドラマの内容も合わせて考えてみると、今を生きている人への故人の思いと受け取ることもできる。

そのように見ると、「もうこの世にいない自分のことなど忘れて、他に夢中になれるものを見つけて生きてください」という故人のメッセージが聞こえてくる気がする。大切な人だからこそ悲しむ姿は見たくないし、笑っていて欲しい。自分自身の人生を歩んで欲しい、と故人は願っているのかもしれない。

もう喋ったり思ったりすることはできないはずの故人の思いとしてこの曲を聴いてみると胸が締め付けられるが、何だか不思議な気分にもなってくる。

”枇杷の木”が指すもの

びわ

歌詞に出てくる「枇杷(びわ)」には、特に深い意味が込められているようだ。ドラマのためにこの曲を書き下ろしたn-bunaは、次のようにコメントしている。

出典:「GO HOME~警視庁身元不明人相談室~」主題歌タイトル解禁!ヨルシカ『忘れてください』【n-buna コメントあり】|GO HOME~警視庁身元不明人相談室~|日本テレビ

枇杷の木に黄なる枇杷の実かがやくとわれ驚きて飛びくつがへる

「忘れてください」が生まれるきっかけになったといえる北原白秋の短歌、「枇杷の木に~」を理解するには白秋自身の過去を知る必要がある。

白秋には実の母同然に育ててくれた乳母がいた。三歳のころ、白秋は病にかかった。病は乳母にも感染してしまい、ついには白秋の身代わりになるかのように亡くなってしまった。「枇杷の木に~」の歌はその乳母に向けての歌のようだ。「われ驚きて~」といったのは、枇杷についてのこんな昔の風習があったから。枇杷の木とは元来”身代わりの木”。家族が大病を患った際、枇杷の木は病人の身代わりとして切られていた。白秋は、乳母が病にかかったときに切ってしまった枇杷の木が、今では輝くほどの実をつけるようになるまで成長したことに驚きこの歌を詠んだのだ。(参考:白秋の枇杷の木と実|現代短歌とともに

「枇杷」=「僕」なのか

ここで歌詞を思い出す。歌の中で「僕」は、枇杷の木に実が生ったとき自分を忘れてくださいと言っている。しかし「忘れてください」というのは「僕」の本心なのだろうか。

白秋にとって亡くなった乳母の記憶を呼び起こさせる”枇杷の木”。白秋の歌より枇杷の木が”いなくなった人”を象徴するものだとすれば、歌において”枇杷”「僕」のことを指しているのではないだろうか。「僕」は「君」に、庭に枇杷を植えて育ててもらいたいと思っている。それは枇杷の木を見るたび、本当は自分のことを思い出してほしいからなのではないか。

「僕」の本心は「いなくなったあとも自分のことを忘れないでほしい」だと私は思う。しかし、そのようなことを望めば「君」は悲しみに暮れていつまでも前に進むことができなくなるだろう。「僕」は本心を隠すためにあえて「忘れてください」と言っているのかもしれない。

本当は忘れられたくない。大切な人を思って

ここまで、歌の内容を故人から生きている人へのメッセージとして捉えてきた。

歌の中で「僕」は相手を思うがゆえに、「自分のことなど忘れてください」と切に繰り返した。だが、心からそう思っているわけではないと思う。大切な人にこそ忘れられたくない、自分のことをずっと覚えておいて欲しいと思ってしまうものだろう。この歌は一見軽やかなメロディーにほのぼのとした日常すら感じさせる。だが、そこに込められているのは相手を深く思う気持ちだった。

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